【インプロビゼーション】

シュタイナーのオイリュトミー芸術からヒント得て考案した「ひらがなインプロ」の発展系でもあり、レペテイションのアクション版ともいえるアクテイングを総合的に発展させたEXです。通常使う言葉は使ってはいけないルールの元、擬音語やジブリッシュは大いに結構。二人一組となり交流します。交流は義務ではありませんが、舞台に二人立てば何かしらの交流が生まれるものであります。相手のエネルギーを機敏に感じ取り、相手のアクションに本能的反応ができるとようになるとドラマチックな展開となります。言葉が使えない分一切の誤魔化しがききません。逆説的にはセリフが無い分、注意の集中を100%相手に向けることができ、分断された意識になりやすいのも特徴です。

そもそも日常のコミュニケーションでも、相手の息づかい、表情、眼の動き、声の抑揚、ジェスチャー、醸し出すエネルギーなどに70%ほどの注意の集中が注がれています。少々乱暴な言い方をすれば、言葉は単なる情報に過ぎず、相手のそのエネルギーにこそ真実が表れているのです。セリフは物語を進行させるためのものに過ぎず、最も重要なのはその言葉を言わしめるリアリテイーなのです。だからいくらセリフの言い方を直したとしても、肝心かなめのリアリテイーがなければどうにもなりません。

リアリテイーが強ければその素粒子は必ず拡散します。舞踊でもそれは同じです。

思考が働いているときは感情はストップします。だから頭で演じるわけにはいきません。よく言われる段取り芝居がこの頭の作業です。段取りの前に「今ここに!」相手役との交流が生まれなければ段取りも何もありません。

 

サンフオード・マイズナーが『川の流れが感情だ。その流れに浮かぶ筏がセリフである』といったように、この川の流れが最も大切なのです。浅い「それなりの感情」では観客の心には届きません。役の真実の感情を表現するのが俳優の仕事なのです。役の奥深くに潜む真実の感情こそを掘り、自分の中に同じものを見つけてアクセスし表現しなければなりません。俳優とは「真実を語る者」なのです。

 

このインプロで、ほとんどのメンバーが分断された意識を経験しています。分断された意識とは、簡単に言えば、潜在意識に全てお任せの状態です。自分自身をあけわたし、俳優はことの成り行きを見守るだけの状態となります。この分断された意識の状態を何度も経験できるようになると、『奇跡の瞬間』の体験もまじかです。

潜在意識とは我々の日常の人知を超えた、かくも荒唐無稽なことをやってのけるものであると毎回驚くばかりです。普段では到底できないようなアクロバテイックで危険とさえ思われるような動きや、目にも止まらぬような素早い動物的な機敏さ、相手を殺めたくなるほどの一体感を感じるなど、日常から飛翔した別次元のドラマを目の当たりにする機会に恵まれています。分断された意識の体験までには、俳優は自分の心と体のコントロールが完全にできる意志の力を育んでおかなければなりません。

メンバーが最も好むExでもあります。